root. vol4(前編)
こんにちは!
お久しぶり。root企画でございます。
第4弾は、magnet hairのお母さん、神垣有香さんです!
それではどうぞ!
これまでの経歴
高1時に、資生堂美容学校の通信科に入学
高卒と同時に美容学校卒業。
その後、東京に就職。
アシスタント4年目でスタイリストになる。
東京で1年半スタイリストとして活動した後、広島に帰ってくる。
30歳で自分のお店をもち、42歳まで1人でお店を経営。
そして、magnethairに入社して今に至る。
ノリノリの神垣さん。(笑)
きっかけは?
美容師になったきっかけは、純粋に髪をいじることが好きだったから。
小さい頃は、人形の髪の毛を切ったりして…
リカちゃん人形の髪の毛を切ってた!
あと、小学校の入学祝いで祖父に買ってもらった、フランス人形も切ってたね。
おじいちゃんに、めちゃくちゃ怒られて、人形買って貰えなくなっちゃった(笑)
Q.それからは人形切るのやめたの?
いや、小4の時に、誕プレでオシャレなカーラちゃんってやつを買ってもらってね。
それが、切ったり、セットしたり、あとはメイクもできるものだったのね。
それで、美容全般に興味を持ち始めたかな!
最初のカットは聖子ちゃんカット!
とにかく、芸能人の髪型を見よう見まねでやってた。
今も昔も、髪の毛をいじるのってほんまにおもろい。
今までで一番印象的なお客様は?
新人でまだ、シャンプーマンだった頃なんだけど、シャンプー終わってお席起こすとね、「シャンプーするのは10年はやいわ。」って言われたんよね。
その頃は、他のお客様からはシャンプーもある程度褒めてもらえて、チップも頂いてた。
そんなちょっと気が緩んだ時期というか、調子に乗っていたような時期に、言われて、気を引き締め直せた。
それから、そのお客様のシャンプーには毎回入るようにして、鍛えられた(笑)
全然褒めてはくれないんだけど、最終的には、チップ頂けるくらいにはなった。
怖かったけど、自分をすごい成長させてくれたお客様だったなって感じてますね。
1番苦しかった時期は?
それは、入って一年目のこと。
私、元々左利きなんだけど、美容学校の時は、カットも何もかも左でやってたんよね。
でも、就職してから、全部右手に直せって言われて。直すのが本当に大変だった。直してる時期に同期とはどんどん差がついていくし、焦りとか不安がすごくて、苦しかった。
ポケットにロッドを入れて、暇さえあれば、右手で巻き込む練習。
ひたすらやってた。
今思えば、両方使えるし、得しとんかなって感じよ(笑)
座右の銘、好きな言葉は?
ホームページに乗ってるやつ(笑)
えっと、「giveの5乗」と、「希望は万事をやらわげ愛は万事を容易にする」
「giveの5乗」は、ギブ&テイクじゃなくて、ギブをいっぱい。そんな精神で仕事をしたいなってね。
「希望は万事をやわらげ愛は万事を容易にする」ってのは、なんか名言集かなんかの本で読んだ(笑)
最近、すごい好きな言葉があって
「置かれた場所で咲きなさい」って言葉。
このタイトルの本をたまたま読んで感動した!
これからの目標
やってみたいこと。
そうだね、条件がそろえば、体の不自由な方とか寝たきりの方、あと障害を持った方が来れるようなサロンにしたいですね。
昔、車椅子の女の子がいて、成人式を迎えるってなった時に、車椅子だから振袖が着れないって諦めてたことがあって、そんなことは絶対させたくないなって思った。
それがきっかけで、車椅子の方でも着付けができるようになったし、寝たきりの方の対処の仕方とかも勉強してできるようになった。
それをしっかりと生かせるようにしたいですね。
美容室に行きたいのに行けない人ってほんとにいっぱいいるから、そんな人達がちょっとでも、自分によって救われたらいいなと思ってます。
こんな感じで、前編は終了!
後編は、神垣さんの趣味について語っていただきました〜!
お楽しみに。
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